増員を申請しても、通らない。設備投資を提案しても、見送られる。
製造現場の管理職なら、一度は通る場面だと思う。現場は限界が見えている。それでも上が動かない。
私も何度も経験した。通ったものもあれば、通らなかったものもある。あとから並べてみると、そこにはっきりした線があった。何が違ったのかを書いておきたい。
上に通そうとしていたもの
私が上げていたのは、主にこの3種類だった。
期中の設備投資と増員。年度の途中で状況が変わり、どうしても必要になったもの。次に、労働環境の改善。そして、次年度予算を組む時期に出す設備投資と増員の計画だ。
期中と次年度では、通り方がまったく違う。期中の申請は予算の枠外なので、よほどの理由がないと動かない。一方、次年度予算の計画は枠を作る段階なので、そこに載せられるかどうかが勝負になる。
通ったもの、通らなかったもの
具体的に書く。
通ったのは、工場内の暑さ対策といった作業環境の改善。品質改善のための原材料の温調設備の導入。同じく品質を目的とした空調の更新。
通らなかったのは、自動化設備の導入。樹脂調合機の増強、つまり設備能力と台数を増やす投資。そして原材料パイプラインの温調化。
当時は、通るか通らないかは運や巡り合わせだと思っていた。並べてみると、そうではなかった。
線は「損失を止めるか、利益を増やすか」だった
通った案件には、共通点がある。
いま起きている損失を止めるものだった、という点だ。
品質のための温調設備も空調更新も、狙いは不良の削減だ。不良は、いま現実に出ている。それがいくらの損失になっているかは、数字で示せる。設備を入れればどれだけ減るかも、ある程度の精度で予測できる。だから話が進む。
暑さ対策のような作業環境の改善も同じだ。こちらは金額ではなく、安全や健康のリスクに紐づく。放置した場合に何が起きるかが具体的に想像できるので、判断する側も否定しにくい。
一方、通らなかった案件はどうか。
自動化設備も、調合機の増強も、パイプラインの温調化も、目的は生産能力や生産性を上げることだった。つまり、これから増える利益を前提にしている。
ここに、需要予測という不確実性が入り込む。受注が今後どうなるかは、現場には約束できない。「増強すれば作れます」とは言えても、「増強すれば売れます」とは言えない。判断する側から見れば、投資に対するリターンが読めない提案になる。
いま出ている損失を止める提案は通る。これから増やす提案は通りにくい。この線を知っていれば、当時の提案の組み立て方はもっと違っていたと思う。
通らなかった本当の理由
ただし、正直に書いておきたいことがある。
通らなかった案件について、上が分かっていないと思ったことは何度もある。しかし振り返ると、原因は自分の側にもあった。
一つは、優先順位と費用対効果を明確に示せていなかったこと。現場としてはどれも必要で、順番を付けにくい。だが上から見れば、全部同時にはできない。どれを先にやるべきかを、こちらが示せていなかった。
もう一つは、自分の知識と経験の不足だ。投資対効果の考え方、償却の見積もり、リスクの整理。そういった説明の作法を、当時の自分は十分に持っていなかった。理論武装ができていなかったので、質問されると答えに詰まる。答えに詰まれば、その案件はそこで止まる。
現場の切実さは、伝わる形にしなければ届かない。これは相手の問題ではなく、説明する側の技術の問題だった。
通すためにやったこと
そこから、進め方を変えていった。
まず、データを作る。感覚で「厳しいです」と言い続けても状況は動かない。現状がどうなっていて、何をすればどう変わるのか。効果の予測を数字で示す。ここは開発部門との調整でデータを出して証明した話に通じる話で、現場の主張を通すには結局この形しかなかった。
次に、根回しをする。会議の場でいきなり提案しても、判断材料を持っていない人は判断できない。自部署の上長には事前に共有し、さらに社内で信頼を得ている役員にも話を通しておく。賛同者が一人でもいる状態と、ゼロの状態では、会議での進み方がまったく違う。
根回しという言葉には、あまり良い響きがないかもしれない。ただ実際にやっているのは、判断する人が判断できるだけの情報を、事前に渡しておくことだ。それをせずに会議で結論だけ求めるほうが、乱暴だと思う。
大きな金額は、一気に通さない
これが、一番効いた工夫かもしれない。
金額の大きい投資を、一度に通そうとしない。数年計画に分割して、段階的に予算化する。
大きな金額は、それだけで判断が慎重になる。1回で決裁を取ろうとすると、ハードルが跳ね上がる。ところが、初年度にここまで、次年度にここまで、と分ければ、1回あたりの判断は軽くなる。
そして分割には、もう一つの効果がある。最初の段階で効果が出れば、それが次の段階を通す材料になる。「前回入れた分でここまで改善しました」と実績を示せるからだ。ゼロから説得するより、はるかに通りやすい。
全部を今すぐ手に入れようとすると、何も手に入らないことがある。時間はかかるが、確実に前に進める方法だった。
現場の切実さは、そのままでは届かない
まとめると、こういうことになる。
いま出ている損失を止める提案は通りやすい。これから増やす提案は、需要の不確実性を越えなければならない。だから後者を通すには、より精度の高い根拠が要る。
そして、データを作り、事前に情報を渡し、金額が大きければ段階に分ける。
現場にいると、必要性は自明に感じる。毎日その問題を見ているからだ。ただ、離れた場所にいる人にとっては自明ではない。その距離を埋めるのが、間に立つ管理職の仕事なのだと思う。
いま提案が通らずに悩んでいる人がいたら、通らなかった案件を一度並べてみることをおすすめしたい。私はそれをやって、初めて自分の提案の偏りに気づいた。
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