辞めると決めてから最終出社日までの間で、一番時間を使ったのは引き継ぎだった。
退職を伝える。引き止めに向き合う。そこまでで気力の大半を使った気がしていたが、本当に大変だったのはその後だった。25年同じ会社にいて、課長として部門を見ていた。自分の頭の中にしかないものが、思っていたよりずっと多かった。
そして正直に書くと、全部は渡しきれなかった。
40代の管理職が退職するとき、引き継ぎに何が起きるのか。後任が決まらないまま、2ヶ月でどう渡したのか。そして何が残ったのか。これから辞める人の参考になればと思い、書いておく。
引き継ぎに使えたのは、2ヶ月程度だった
退職を伝えてから最終出社日までのうち、引き継ぎに使えたのは2ヶ月程度だった。
しかもその間、有給休暇の残りをなるべく消化しながら進めた。25年分の有給を全部使うのは無理だとしても、できる範囲では取っておきたい。そうすると、実際に職場にいる日数はさらに減る。
2ヶ月というと長く聞こえるかもしれない。ただ、課長の仕事を渡す期間としては、短い。日々の生産を回しながら、その合間に引き継ぎをする。資料を作る時間も、一緒に現場を回る時間も、通常業務の隙間から捻り出すしかなかった。辞める時期をどう決めたかは、賞与の支給日に退職を切り出した話にも書いている。
後任は、なかなか決まらなかった
引き継ぎで最初にぶつかったのは、渡す相手が決まらないことだった。
ちょうど組織変更の時期と重なっていて、私の後任はなかなか決まらなかった。誰に渡すのか分からないまま、辞める日だけが近づいてくる。
結局、一人に全部を渡すのは無理だと判断した。短い期間で課長の仕事をまるごと一人に引き継ぐのは、受け取る側にとっても現実的ではない。
そこで、仕事を役割ごとに分解して、複数の人に分担して引き継いだ。現場の段取りはこの人、計画まわりはこの人、というように。そして課としての管理は、上長の部長が一旦引き継ぐ形を取った。
後任が一人決まっていて、その人に全部を渡す。引き継ぎというと、そういう形を想像しがちだと思う。実際には、そうならないこともある。組織の事情で後任が決まらないなら、仕事のほうを分けるしかない。
資料を作り、実務で伴走した
やり方としては、引き継ぎ資料を作ったうえで、実務を一緒にやりながら渡す形にした。
資料だけでは伝わらないことが多い。書いてあっても、実際の場面でどこを見て判断するのかは、一緒にやってみないと分からない。逆に、一緒にやるだけで資料がないと、後から見返すものが残らない。両方を組み合わせて、資料を見ながら実際の作業を伴走する。
これは、在職中に属人化をマニュアル化で崩していったときと、考え方は同じだった。書いたものと、やって見せることの両方で渡す。
引き継ぎは、その期間に起きる仕事しか渡せない
ここが、この記事で一番書いておきたいところだ。
伴走できるのは、引き継ぎ期間中に実際に発生する仕事だけだった。
現場の作業は、受注の状況と生産計画、原材料の都合で動く。私が辞める2ヶ月の間に、たまたまその作業が入らなければ、一緒にやって見せることはできない。そうして、満足に引き継げなかった現場作業がいくつか残った。
設備のメンテナンスやトラブル対応も、同じだった。トラブルは、起きなければ一緒に対応できない。予防保全で故障を減らしてきたことが、この場面では皮肉にも、実地で見せる機会を減らしていた。
そして一番困ったのは、退職の時期に発生しない仕事だった。
たとえば、次年度の予算資料の作成。これは決まった時期にしか発生しない。私が辞めた時期には、その作業はなかった。
たとえば、スポットで受注する難易度の高い作業。年に何回あるか分からない。私の在籍中に生産予定は入らなかった。だから、数字と生産方法を資料に残すことしかできなかった。
こうした仕事は、資料だけの引き継ぎになった。いくら丁寧に書いても、実際にその場面が来たとき、後任の人はおそらく何らかの苦労をしていると思う。資料を読んでも、実際にやるのは初めてだからだ。
引き継ぎには、構造的な限界がある。どれだけ準備しても、その期間に起きない仕事は、実地では渡せない。
振り返って、これから辞める人に伝えたいこと
自分の経験から言えることを、いくつか書いておく。
まず、年に一度しか来ない仕事から先に書き出すこと。日々の仕事は、引き継ぎ期間中に必ず一緒にやる機会がある。危ないのは、予算や年次の報告、季節の作業、スポットの受注といった、その期間に来ないかもしれない仕事だ。こちらを最初に洗い出して、資料を厚くしておく。
次に、後任が一人とは限らないと想定しておくこと。組織の事情で、後任が決まらない、あるいは決まるのが遅いことは普通にある。そのときに仕事を分解して渡せるよう、自分の仕事を役割単位で整理しておくと慌てずに済む。
そして、引き継ぎ期間を甘く見ないこと。有給消化も考えると、実際に使える日数は思っているより少ない。退職の時期を決めるとき、引き継ぎに何ヶ月必要かを先に見積もっておいたほうがいい。退職を伝えるときのやり取りは、退職交渉と引き止めの記事にまとめている。
挨拶できなかった人たちがいる
最後に、心残りをひとつ書いておく。
外注先の人たちと、馴染みの出入り業者さんに、退職の挨拶ができなかった。
長年、一緒に仕事をしてきた人たちだった。無理を聞いてもらったこともあるし、トラブルのときに助けてもらったこともある。それなのに、引き継ぎに追われるうちに、きちんと顔を合わせて挨拶する機会を作れないまま、最終出社日を迎えてしまった。
社内の引き継ぎは、仕事として段取りを組む。ところが社外への挨拶は、誰にも段取りを求められない。だから後回しになる。引き継ぎの計画を立てるときに、社外の人への挨拶も最初から予定に入れておけばよかったと、いまでも思う。
最終出社日にどんな気持ちだったかは、25年勤めた会社の最終出社日に書いた。引き継ぎに追われた2ヶ月の先に、あの日があった。
長年お世話になった外注先や業者さんとの関係については製造業の外注先・協力会社との付き合い方|担当者が変わると回らない、業者が廃業していく現実にまとめています。
引き継ぎを終えてから入社するまでの期間については退職から入社まで3日しかなかった|40代管理職が入社前にしたことと、構えすぎていたことにまとめています。
退職の準備は、在職中の転職活動の延長線上にあります。働きながら2年弱、時間と気力をどう配分していたのかをまとめました。
▶︎ 転職活動しているのに誰にも言えない——在職中に2年弱動き続けた40代の、時間と気力の整え方(¥680)
転職活動しているのに誰にも言えない——在職中に2年弱動き続けた40代の、時間と気力の整え方|Yuton転職活動をしていることを、職場の誰にも言えなかった。 有休を使って面接に行く日の朝、いつも通りを装いながら出勤した。 エージェントから電話がかかってきた時、席を外して対応した。 書類を修正する時間は、昼休みか深夜しかなかった。 この「隠しな…



コメント