重大労働災害ゼロを6年間維持した話|製造業管理職が現場でやり続けたこと【実体験】

製造業マネジメントの現場から

重大労働災害ゼロを6年間維持しました。でも、それは「何もなかった」という意味ではありません。ヒヤリハットは繰り返し起きていたし、ルール違反もあった。それでもゼロを維持できたのは、起きた前兆を放置しなかったからだと思っています。

この記事は、製造業の現場管理職として安全活動に取り組んだ実体験を書いたものです。

赴任当初の現場の状態

赴任当初、ベテラン社員の安全意識は高かった。長年の経験の中でルールの意味を理解していて、きちんと守って作業していました。

問題は若手・新人・短期勤続者でした。不安全行動が多く、ルールを守らない場面もそこそこありました。「なぜそのルールが存在するのか」という背景を理解していないまま作業しているケースが多かったと思います。

安全意識は、教えれば身につくものではなく、経験と理解の積み重ねで育つものです。だからこそ、ベテランと若手の間に意識の差が生まれやすい。その差を埋めることが、現場管理職の仕事でした。

この職場では、ロールをはじめとする回転体が非常に多く使われていました。回転体は、一瞬の不注意が重大な巻き込み事故につながる危険があります。機械そのものの安全対策はもちろんですが、作業者一人ひとりの安全意識とルール遵守が、事故を防ぐ最後の砦になります。設備がどれだけ整っていても、人が守らなければ意味がない。それが回転体の多い現場での現実でした。

ヒヤリハットを放置しない

安全活動の基本として徹底していたのは、ヒヤリハット(HHT)への対応です。「大事に至らなかった」で終わらせない。なぜそれが起きたのか、どうすれば防げるかを必ず掘り下げる。

危険箇所・危険作業の摘出も継続的にやりました。「気になる場所」「リスクのある手順」を洗い出し、対策を打つ。重要なのは、対応の速さです。摘出しても対応が遅れると、現場の信頼を失います。「言っても変わらない」と思われた瞬間に、報告が減っていく。それが一番怖かったです。

安全活動で一番しんどかったこと

言いにくいことを言い続けることです。

安全側に振った対策は、作業性を犠牲にすることがあります。面倒な手順が増える。時間がかかるようになる。現場からは「やりにくくなった」という声が出る。それでも安全サイドに振らなければならない場面が、何度もありました。

そして、安全活動は目立ちません。重大事故が起きなかった日常は、成果として見えにくい。「何もなかった」ことの積み重ねが成果なのですが、それはなかなか評価されない。地味で、しんどい仕事でした。

43℃・湿度70%の現場を変えた

安全活動の中で、一番手応えがあったのは作業環境の改善でした。

夏場の工場内温度は43℃、湿度70%。熱中症リスクが高く、集中力も落ちる。そういう環境で安全を守れ、と言っても限界があります。作業者のモチベーションや体調にも悪影響を与えていました。

そこで大型の天井吊り型スポットエアコンの設置と、天井排気ファンの更新を提案しました。予算を確保し、社長承認を通して実施しました。

設置後、現場の雰囲気が変わりました。作業者の意識が変わったと感じています。環境が改善されたことで、「自分たちの職場を会社が大事にしている」という感覚が生まれたのだと思います。安全への意識も、その後少しずつ変化していきました。

安全は、結果が出て当たり前と思われる仕事

重大災害がゼロであることは、普通の状態として認識されます。ゼロを維持するために何をしてきたかは、見えにくい。でも、そのゼロを維持するために積み重ねてきた地道な活動が、現場を守っています。

製造業の管理職として、安全活動は成果が見えにくい分、続けることが難しい仕事です。それでもやり続けなければならない理由は、事故が起きてからでは遅いからです。その当たり前のことを、6年間維持し続けた経験は、今も自分の中に残っています。

合わせて読みたい


安全活動・不良率改善・収率向上といった製造業の実績を、職務経歴書でどう表現するか。具体的な書き方とテンプレートをnoteにまとめています。

▶︎ 40代管理職のための職務経歴書テンプレ(¥480)

40代管理職の職務経歴書はなぜ通らないのか?実際に落ちた実例と通過した改善例【製造業・1社経験】|Yuton
40代管理職の転職では、職務経歴書が合否を左右します。 私は実際に7回書き直しました。 業務内容を書いているだけでは通らない。 評価されたのは「成果の再現性」と「経営視点」を入れてからでした。 本noteでは、40代管理職向けに“通る職務経…

コメント