製造現場の属人化をどう崩したか|マニュアル化を「お願い」ではなく業務にした話

製造業マネジメントの現場から

「これは、あの人しか分からない」

製造現場にいれば、必ず出てくる言葉だと思う。設備の調整、トラブルのときの処置、微妙な条件出し。特定の人の頭の中にしかない仕事が、いくつも残っている。

その人が休んだ日に、ラインが止まる。その人が異動したら、誰も対応できない。分かっていても、日々の生産に追われて手が付かない。

私の現場もそうだった。どうやって崩していったのかを書いておきたい。

何が属人化していたのか

いちばん大きかったのは、加工条件の細かな調整だった。

開発部が規定した製造条件書がある。その通りに加工すれば、理屈では同じものができる。ところが実際には、ばらつきが出る。季節によって、設定値を微妙に変えなければ狙いの品質に入らないこともある。

その差を埋めていたのは、現場の経験だった。「この時期はこの値を少し動かす」という判断が、担当者の中に蓄積されている。条件書には書かれていない領域だ。

もう一つは、トラブル対応だった。何が起きたときにどう処置するか。これがマニュアル化されていなかった。経験のある人が対応し、経験の浅い人は呼びに行く。それが日常だった。

「お願い」にすると、忙しさに負ける

マニュアル化を進めるうえで、私が最初に決めたことがある。

個人へのお願いにしない、ということだ。

「手が空いたときにマニュアルを作っておいて」と頼む形にすると、まず進まない。現場に手が空く日など来ないからだ。悪意があって進まないのではなく、目の前の生産が優先されるだけの話だ。当然だと思う。

そこで、部署の活動そのものに組み込んだ。

製造部門には、安全・防災・環境・品質といった定例の活動がある。どこの現場にもあるはずだ。マニュアルの作成と改定を、その活動の一項目として位置づけた。輪番で担当を決め、定期的に実施する形にした。

さらに、月ごとに担当を割り振った。誰がいつ、どのマニュアルを作るのか、あるいは改訂するのか。これを決めておくと、少なくとも月に1件は必ず前に進む。

そして年度初めの目標管理シートに、年間の実施件数を数値目標として入れた。ここまでやると、マニュアル化は「余裕があればやること」から「評価される業務」に変わる。

結果として、現場からの反発はほとんどなかった。反対されなかったのは運が良かったのではなく、断る理由をなくす形にしたからだと思っている。

まず自分が1本作って、見本にした

制度を作っても、いきなり「書いてください」では手が止まる。マニュアルを書いた経験のない人にとって、何をどこまで書けばいいのかが分からないからだ。

だから、まず自分でマニュアルを1本作った。それを見本にして、作り方そのものを教育した。

書いてもらう内容は4つに決めた。作業手順、注意点、作業のポイント、そして安全面。この4項目を、本人の言葉で文章にしてもらう。

ここが重要なのだが、代わりに書いてあげるのではなく、作業担当者本人に書かせた。そのうえで、伴走しながら形にしていく。

「書かせること」が、そのまま教育になった

やってみて分かったのは、本人に書かせることの効果だった。

自分の作業を文章にしようとすると、曖昧に理解していた部分が浮かび上がる。なぜこの手順なのか、なぜこの値なのか。説明できないところが出てくる。それを埋める過程で、作業の習熟度そのものが上がっていった。

副産物もあった。文書を作るのでPCのスキルが身につく。製造オペレーターはPCを使う機会が少ないので、これは本人の財産になる。

そして一番大きかったのは、新人教育で使えるようになったことだ。マニュアルがあれば、教科書として渡せる。しかも自分が作成に携わったマニュアルだから、教える側が説明しやすい。人に教えることが、また本人の理解を深める。

属人化を崩すためにやっていたことが、結果として人を育てていた。

完璧なものを、作らせなかった

もう一つ意識したのは、最初から完璧を目指させないことだった。

完成度を求めると、着手できなくなる。「まだ書けるレベルじゃない」と思っているうちに、何ヶ月も過ぎる。

だから、一旦完成させることを優先した。そのうえで、何回か見直しと改訂を重ねて仕上げていく。輪番の改定活動があるので、見直す機会は定期的にやってくる。使ってみて足りない部分が分かったら、次の改訂で足せばいい。

マニュアルは、作った時点が完成ではない。運用しながら育てるものだと考えていた。

それでも、崩せなかったものがある

正直に書いておきたい。全部は標準化できなかった。

機械の細かな調整と、トラブル対応。この2つは、最後までマニュアル化しきれなかった。手順として書き出せる部分はあっても、実際の判断はその場の状況によって変わる。文章にした瞬間に、こぼれ落ちるものがある。

特にベテランの、匠の技と呼ぶべき作業方法は、数値化も標準化もできなかった。音や感触で判断しているようなものは、そもそも言葉になりにくい。

ここは、ある時点で受け入れた。全部を仕組みに落とすことはできない。できる範囲を最大限まで広げて、残った部分は人に依存していると認識しておく。認識できていれば、その人が抜けるときに備えられる。「気づいていなかった」が一番危ない。

属人化は、日常業務に埋め込むしかない

振り返って思うのは、属人化の解消は「気合い」でも「一斉プロジェクト」でも進まないということだ。

既存の活動に組み込む。輪番で担当を決める。目標として数字で置く。本人に書かせる。完璧を求めない。

地味な仕掛けの積み重ねだが、これでしか動かなかった。そして動き始めると、属人化が減るだけでなく、人が育つという副産物が付いてくる。

いま「あの人しか分からない」を抱えている現場があるなら、まず1本、自分が書いてみるところから始めるのがいいと思う。見本があるかどうかで、その後の進み方がまったく変わる。


そもそも人が足りない状態を、どう埋めたのかはこちらです。


条件書に書かれていないことで品質を保っていた現場と、開発部門との調整についてはこちらです。


作業基準書を整えた背景には、人が入れ替わり続けるという事情もありました。その話はこちらに書いています。

計画業務そのものの属人化については生産計画は8割で立てていた|計画どおりに進まない製造現場で管理職がやっていたことにまとめています。

担当を決めて活動を役割にするという点では5S活動が形だけになる現場と、そうでない現場の違い|製造業の管理職がやっていたことにまとめています。

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