「コスト意識を持ってほしい」
管理職になると、現場に対してこう言いたくなる場面が出てくる。ただ、これを言っても現場はほとんど動かない。当然だと思う。作業している側から見れば、自分の手元と会社の原価がどうつながっているのか見えないからだ。
私は製造業の課長として、生産・品質・安全とあわせて原価も見る立場だった。どうやって現場に伝え、実際に何を下げたのかを書いておきたい。
課長が持たされる、原価の責任
まず、何を求められていたかを整理しておく。
原価会議での報告。消耗品や修繕費といった月次の費用管理。計画どおりの生産数量の達成。そして歩留まり率、つまり不良率の達成。
この4つが、日常的に数字で見られる項目だった。会議では実績を説明し、未達なら理由と対策を求められる。課長時代の1日を振り返った記事でも触れたが、原価会議の資料作成は毎月確実に発生する業務だった。
現場が動いたのは、金額に翻訳したときだった
最初にぶつかったのが、数字が現場に伝わらないという問題だ。
「歩留まりを1%上げよう」と言っても、反応は薄い。率という単位が、作業している人の実感と結びついていないからだ。
そこで、すべて金額に翻訳して伝えることにした。
歩留まり率が落ちると、実際にいくらのロスになるのか。今月出た不良は、金額にするといくらだったのか。あの不良が発生していなければ、いくら得していたのか、あるいは損をせずに済んだのか。
消耗品や修繕についても同じだ。どの消耗品に、どの修繕に、月いくらかかっているのかを具体的に示す。漠然と「経費を抑えよう」ではなく、品目ごとの金額を出す。
そして必ずセットで伝えたのが、「何をどうすれば、いくら改善できそうか」という見通しだった。金額を示すだけでは、ただの叱責になる。行動と金額が結びついて、初めて動く材料になる。
率は管理する側の言葉で、円は現場の言葉だった。この翻訳をやるようになってから、現場の反応が明らかに変わった。
実際に下げたのは、この4つ
取り組んだ領域を具体的に書く。
電力・ガス費。まとめ生産に切り替えて、生産効率を上げた。設備は立ち上げと停止のたびにエネルギーを消費する。小刻みに動かすほど、このスタート・ストップのロスが積み上がる。生産の順序と単位を見直すだけで、使用量は変わった。
労務費。計画生産量に少し上乗せした量を達成することで、固定費を薄める。人件費のような固定費は、作った量が増えるほど製品1個あたりの負担が下がる。同じ人員で生産量を伸ばせば、原価は自然に下がっていく。
原材料費。歩留まり率の改善そのものが、廃棄ロスの削減であり材料費の削減になる。ここは不良率を8%改善した話で書いた品質改善の取り組みが、そのままコストに効いた領域だ。
修繕費。日々の機器点検と、計画的なメンテナンスの実施。大型の故障を未然に回避することで、突発的な修繕費を抑えた。
修繕費の話が、一番の学びだった
この4つの中で、いま振り返って一番示唆があるのは修繕費だと思っている。
計画的なメンテナンスは、修繕費を抑えるためだけの活動ではなかった。設備が止まらなくなれば生産性が上がる。設備が安定すれば不良率も下がる。一つの取り組みが、3つの指標に同時に効いていた。
予防保全体制をゼロから作った話で書いた予防保全の体制づくりは、当時は故障を減らす目的で進めたものだった。しかし結果として、原価の面でも大きく貢献していた。
コスト削減というと、どこかを削る話になりがちだ。しかし実際に効いたのは、削る取り組みではなく、複数の指標に同時に効く一手を見つけることだった。削るだけの施策は、たいてい別のところに歪みを生む。
コストは、単独では追えない
正直に書いておきたいことがある。原価だけを見ていると、必ずどこかが壊れる。
たとえば安全だ。作業や設備の安全化を進めると、手順が増え、生産性が下がる。どこまで安全側に振るのかは、毎回迷う部分だった。それでも最終的には、安全を優先する方向に舵を切ってきた。重大労働災害ゼロの維持は、生産性と引き換えに得ていたものでもある。
品質も同じだ。品質を上げようとすると、チェックシートの記入、管理表への記録、PCへの入力作業が増える。作業効率は確実に落ちる。そしてその時間も、人件費という原価だ。
つまり、コストと品質と安全は、それぞれ独立していない。どれか一つを最大化しようとすると、残りが犠牲になる。管理職の仕事は、この3つのバランスをどこに置くかを決めることであって、コストを最小化することではない。
原価の数字だけを追いかけていた時期もあった。ただ、それでは長続きしないと気づいてからは、判断の仕方が変わった。
率ではなく、円で話す
まとめると、伝えたいことは2つになる。
一つは、コスト意識は「意識しろ」では持てないということ。率ではなく金額で、しかも「何をどうすればいくら変わるか」まで具体化して初めて、現場の行動につながる。
もう一つは、コスト削減を単独の目標にしないこと。品質にも生産性にも同時に効く一手を探す。削るだけの施策は、どこかに歪みを残す。
原価は管理職が背負う数字の中でも、特に現場と距離がある項目だと思う。だからこそ、翻訳する人が要る。それが間に立つ管理職の役割だった。
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