製造業の外注先・協力会社との付き合い方|担当者が変わると回らない、業者が廃業していく現実

製造業マネジメントの現場から

工場は、自社の人間だけでは回っていない。

加工の一部は外注に出す。設備のメンテナンスは、外部の工事業者に頼む。どちらかが止まれば、社内がどれだけ頑張っても生産は止まる。製造業で現場を持っている人なら、実感としてわかると思う。

私は製造業に25年勤め、課長として部門を見ていた。外注先や協力会社との付き合いは、仕事のかなりの部分を占めていた。そしてここ数年、付き合い方以前に、頼める相手そのものが減っていくという現実にも直面した。

外注先・協力会社と実際にどう付き合ってきたのか、何に困り、何が効いたのかを書いておきたい。

外に頼んでいたもの

前職で外部に頼っていたのは、大きく2つだった。

ひとつは加工の一部の外注。自社の設備や人員だけでは対応しきれない工程を、外注先に出していた。

もうひとつは設備メンテナンス。こちらは大半が外部の工事業者への委託だった。日常点検は自分たちでやるが、専門的な修理や工事、定期的な大規模メンテナンスは業者なしでは成り立たない。

立場の違いは書いておきたい。加工の外注先とは、私が直接やり取りをしていた。一方で工事業者への委託や工事の依頼そのものは、設備担当の部署の仕事だった。私は現場の責任者として、実際に工場へ入ってくる業者さんと段取りを合わせ、立ち会い、やり取りをする側にいた。

外注先は製品の品質に直接関わり、工事業者は設備の稼働に直接関わる。性格は違うが、どちらも自社の外にありながら、自社の生産を左右するという点では同じだった。

工事は、担当者が変わると回らなくなる

工事業者との付き合いで一番困ったのは、これだった。

長く来てもらっている担当者は、うちの設備の癖を知っている。どこが傷みやすいか、前回どこを直したか、どういう段取りで止めれば生産への影響が少ないか。図面や記録に残っていないことまで、頭に入っている。

その担当者が異動や退職で変わると、途端に回らなくなる。一から説明し直し、段取りを組み直し、前回と同じ品質で工事が終わるかどうかも読めない。

これは要するに、社外で起きている属人化だった。社内の属人化はマニュアル化を業務に組み込んで崩していったが、社外の担当者の頭の中にある知識には、こちらから手が出せない。

現場の責任者としてできることは限られていた。業者を選ぶのも契約するのも、設備担当の部署だからだ。それでも、工事に立ち会い、段取りや注意点を現場の側でも把握しておくことはできる。担当者が変わったときに、少なくとも現場から「ここはこう止めてほしい」と伝えられる状態にしておく。予防保全の体制づくりで故障の記録を蓄積していたのと、考え方は同じだった。

外注先監査と、品質異常が出たとき

加工の外注先に対しては、定期的な外注先監査が必要だった。

外に出した工程でも、最終的な品質責任はこちらにある。外注先で不良が出れば、それはそのまま自社の不良になる。だから定期的に訪問して、工程の管理状態や記録、設備、作業の様子を確認する。

監査の考え方は、ISOの内部監査で気づいたことと基本的に同じだった。記録が揃っているかだけを見ても意味がない。担当者に経緯を聞いて、すらすら答えられるかどうか。そこに実態が出る。

そして品質異常が出たとき。ここで関係性の地金が出る。

原因を一緒に調べ、対策を一緒に考え、再発防止まで付き合ってくれる相手もいる。一方で、自社の責任を最小限にしようとする相手もいる。異常が起きた瞬間に、それまでの付き合い方の結果がそのまま表に出る。平時にどういう関係を作っていたかが、非常時の対応を決めていた。

うまくいく相手と、いかない相手の違い

長く付き合ってきて、うまくいく相手とそうでない相手の違いは、かなりはっきりしていた。

うまくいく相手は、もちつもたれつの、程よい距離感がある。こちらが無理を頼むこともあれば、向こうの事情を汲むこともある。お互いに利害があることを隠さず、そのうえで協力的に動いてくれる。近すぎず、遠すぎない。

うまくいかない相手は、お互いに歩み寄りがない。こちらの要求だけを通そうとしても、向こうの都合だけを押し通されても、関係は続かない。そこに品質の悪さや、紳士的でない対応が重なると、もう立て直しは難しかった。

ここで大事なのは、「歩み寄りがない」のは相手だけとは限らないということだ。発注する側は、つい強い立場で物を言いがちになる。無理な納期、急な仕様変更、値下げの要求。それが積み重なれば、相手はこちらのために動く理由を失う。社内の開発部門との板挟みでも感じたことだが、片方だけが我慢する関係は長く続かない。

直接行く。お互いに利益の出る関係を作る

私が意識してやっていたのは、2つだけだった。

ひとつは、直接会ってコミュニケーションを取ること。加工の外注先には、電話やメールで済むことでも定期的に訪問して顔を出す。工場に入ってくる工事業者さんとは、現場で直接言葉を交わす。相手の現場を見る。困っていることを聞く。何かあったときに電話一本で動いてもらえるかどうかは、平時にどれだけ会っていたかでほとんど決まる。

もうひとつは、お互いに利益のある関係を作ること。発注する側が一方的に得をする関係は、どこかで破綻する。相手にとっても、うちの仕事を受けることに意味がある状態を保つ。無理を頼むなら、その分どこかで返す。先の見通しを早めに共有して、向こうが段取りを組めるようにする。

どちらも特別なことではない。ただ、忙しいとまっさきに省かれるのが、この2つだった。

頼んでいた業者が、いなくなっていく

ここ数年で一番深刻だったのは、付き合い方の問題ではなかった。

出入りしていた工事業者が、人手不足や後継者不足で廃業していく。

長年うちの設備を見てくれていた業者が、職人の高齢化で仕事を受けられなくなる。跡を継ぐ人がいない。若い人が入ってこない。そうして、ある日「もう続けられない」という連絡が来る。

こうなると、付き合い方の工夫では対応できない。相手そのものがいなくなるからだ。設備担当の部署が新しい業者を探しても、同じように人が足りていない。設備の癖を知っている人は、どこにもいない。

製造業の人手不足は、自社の中だけの問題ではない。自社を支えている外側の会社でも、同じことが起きている。そしてそれは、自社の人手不足よりも見えにくい。気づいたときには、頼める先がなくなっている。

外注先との関係は、リスク管理そのものだった

振り返ると、外注先や協力会社との付き合いは、単なる取引ではなかった。生産を止めないためのリスク管理そのものだった。

担当者が変わっても回るように、自社側で記録を持つ。品質異常が起きても一緒に動いてもらえるように、平時に関係を作っておく。そして、頼んでいる先がいなくなる可能性を、最初から頭に入れておく。一社に頼り切らない体制は、部署をまたいで会社として考えておくべきことだった。

発注する側は、立場が強く見える。ただ実際には、相手がいなければ何もできないのは、こちらのほうだった。その感覚を持っているかどうかで、付き合い方はまったく変わってくると思う。


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