「少し、お時間いいですか」
部下からそう声をかけられて、会議室に入る。たいてい、そこで言われることは決まっていた。辞めたいと思っています。
製造業で25年働き、課長として部門を見てきた。その間に、部下から辞めたいと言われたことは、わりとあった。何度経験しても慣れるものではないが、回数を重ねるうちに、自分なりの向き合い方ができていった。
この記事では、部下に辞めたいと言われたとき、管理職として何を聞き、何をして、何をしなかったのかを書いておきたい。
辞めたい理由は、さまざまだった
理由を聞くと、本当にさまざまだった。
ネガティブな理由としては、給料の問題、人間関係、仕事そのものが面白くない、会社の業績や将来性への不安、上層部の考え方に納得がいかない、人事評価制度が悪い——このあたりが多かった。
ポジティブな理由もあった。やりたいことができた。もっと良い条件の会社に転職が決まった。こちらは、聞いていて少し救われる。
人事評価制度への不満は、評価をつける側にいた私にとっても耳の痛い話だった。制度の中で精一杯つけても、それで納得してもらえるとは限らない。そのことを、辞めていく人の言葉で何度も突きつけられた。
最初に聞くのは、理由と「決意がまとまっているか」
辞めたいと言われたとき、私が最初にやっていたのは2つだけだった。
ひとつは、理由を聞くこと。
もうひとつは、退職する考えや決意が、本人の中でまとまっているかを聞くことだ。
「辞めたい」という言葉は、同じに聞こえて中身が違う。もう次が決まっていて、意思を伝えに来た人もいる。迷っていて、気持ちを聞いてほしくて来た人もいる。不満があって、それを分かってほしくて「辞めたい」という形で口にした人もいる。
どれなのかを確かめないまま話を進めると、ずれる。決意が固まっている人を説得しようとしても届かないし、迷っている人の背中を押してしまうこともある。まず、どの段階の「辞めたい」なのかを知る。そこからでないと、何も始められなかった。
基本的に、引き止めない
私の基本の姿勢は、引き止めないことだった。
もちろん、理由による。ただ、本人の中で決意がまとまっているなら、それを尊重する。新しくやりたいことができた人、より良い条件で次が決まった人を、こちらの都合で引き止める理由はない。
管理職としては、人が抜けるのは痛い。人手が足りない現場ならなおさらだ。それでも、残ってほしいという気持ちだけで引き止めて、本人が納得しないまま残っても、長くは続かないと思っていた。
要望が通らないのが理由なら、改善を検討する
ただし、例外があった。
改善してほしいことがある、要望が通らないから辞める——そういう理由の場合だ。
このときは、それが改善できそうな事柄や要望であれば、対応を検討した。辞める理由が、こちらで手を打てることなら、打つべきだと思った。
そして、そのときに必ず伝えていたことがある。おおよその期間だ。
「検討します」とだけ言っても、相手は待つかどうかを判断できない。いつになるか分からない改善のために、次の選択肢を手放せる人はいない。だから、どれくらいで対応できそうなのかを、おおよそでも伝える。期間を示さない約束は、引き止めの言葉としては弱い。そう考えていた。
「自分が原因」と言う人はいなかった。でも
辞めていく人と話していて、ひとつ気づいたことがある。
「上司が原因で辞めます」と言った人は、いなかった。
むしろ、「一緒に仕事ができてよかった」「この上司だったからここまで成長できた」と言ってくれる人がほとんどだった。それはありがたかった。
ただ、それが本音かどうかは分からない。辞めていく人が、最後に上司に向かって「あなたが原因です」とは、なかなか言わない。建前の人もいたのかもしれない。
だから私は、言葉をそのまま受け取らないようにした。誰かが辞めるたびに、今いるメンバーとの向き合い方や、仕事の進め方に、改善すべき点がないかを見つめ直した。原因が自分になかったとしても、見つめ直すことに損はない。もし原因の一部が自分にあったのなら、なおさらだ。人が入れ替わる現場をどうまとめるかは、人が定着しない現場を、どうまとめたかにも書いている。
残ったメンバーには、役割を明確に説明する
一人が辞めると、残ったメンバーに必ず影響が出る。
特に、配置換えや兼務を伴う場合は、説明を丁寧にした。誰がどの仕事を引き継ぐのか、その人に何を期待しているのか。移動に伴う役割期待を、はっきり言葉にして伝える。
ここを曖昧にすると、残った人には「仕事が増えた」という感覚だけが残る。なぜ自分なのか、何を求められているのかが分からないまま負担だけが増えると、今度はその人が辞めたくなる。一人の退職を、次の退職につなげないこと。それも管理職の仕事だった。
のちに、自分が辞める側になった
最後に、少しだけ自分の話を書く。
25年勤めた会社を、私はのちに自分で辞めることになった。今度は自分が、上司に「お時間いいですか」と声をかける側だった。その話は、退職交渉のリアル|引き止められた時に感じたことに書いている。
辞めたいと言われる側と、言う側。両方を経験して思うのは、どちらも簡単な場面ではないということだ。言う側は何か月も迷ってから来ている。聞く側は、その重さを受け止めたうえで、本人にとっても職場にとっても一番いい形を探すしかない。
部下に辞めたいと言われたとき、管理職にできることは多くない。理由を聞く。決意を確かめる。手を打てることなら期間を示して検討する。そして、残る人への説明を怠らない。私がやっていたのは、それだけだった。
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辞めたいと言う側は、何か月も迷ってから口にしています。私自身が辞める側になるまで、2年弱かけて決断にたどり着いた思考の道筋をまとめました。
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